野田聖子議員、愛息が3歳に
こんにちは。
今日は太平洋側でも雪が降るかもしれないとの予報ですね。
雪は降らなくても、地面が凍結している可能性があるので、外出の際には転倒にお気を付けください。
さて、今日は卵子提供によって息子さんを出産された野田聖子議員の記事をお伝えします。
野田聖子議員 50歳での出産から…愛息との奮闘3年間
野田聖子議員(53)が長男の真輝ちゃんを出産したのは、’11年1月6日だった。卵子提供を受けての体外受精、そして50歳での高齢出産を経て、いまは3歳の誕生日を母子一緒に暮らせる幸せをかみしめている。
出生したとき真輝くんは、臍帯ヘルニアと心臓病を患っており、さらに食道閉鎖症も発症。9回もの手術を乗り越えてきた。脳梗塞で右半分にマヒが残り、気管切開により人工呼吸器が着けられたため、声まで失った。しかし、生まれてから2年3カ月後の’13年4月にようやく退院し、家族一緒での暮らしがスタートしていた。生活は激変した。
「24時間、私たち夫婦で真輝を看なければいけなくなったんです。日中はシッターさんが来てくれますが、夜10時から朝9時までは2人で見ています。本当に大変で、睡眠時間は3時間くらいでしたね。夜は万が一のために人工呼吸器をつけて寝るんです。寝返りを打つと呼吸器が外れて、アラームが鳴る。それが繰り返されると、そのたびに起きて、呼吸器を付け直します。最初のころは慣れてないし要領が悪くて、夫婦ゲンカも多かったですね。私たちの気を引こうと、真輝はわざと人工呼吸器を外したりするんです」
現在は夫と相談しながら、看護の方法を模索中だという。
「’12年12月に自民党の総務会長になって、仕事もすごく忙しくなったことを夫に言ったら『俺は、(総務会長を)やってくれって言ってないし』と言われて。その通りなんですが(笑)。でも夫は育児と仕事は両立できないというので、飲食店の経営もやめて、子育てに専念してくれています。イクメンどころか、ママそのものですね」
彼女は自身のブログで、6日を迎えるたびに《無事、ありがとう》とつづってきた。
「家に戻ってからも一度、あの世に行きそうになってしまったので……。本当に1日1日が大切なんですよね。月命日とはよく言いますけど、6日は私にとってあの子の“月誕生日”みたいなものですかね。普通のお子さんだと成長を1年単位で考えるのでしょうが、うちは1カ月単位ですね。また1カ月無事だった……、って」
そして’14年1月6日は満3歳の誕生日だ。
「初めて、家族で“普通”に迎えられる誕生日です。だから、逆に思いが強すぎて頭が真っ白、何をしてあげればいいのかなって。いろいろストレスがたまることもありますが、帰って真輝の顔を見たら、彼が寝ていても起きていても、スーッとなくなっちゃうんですね。心が浄化される感じです」
命の尊さを感じます。
私達自身も尊い存在として産まれてきたこと日々忘れずに、一日一日を大切に過ごさなければ、と改めて思います。
弊社では、野田さんのように50代で卵子提供を受けられ、出産された方もおられます。
卵子提供をご検討されている方は、お気軽に弊社までお問い合わせくださいませ。